両親を亡くしてから気付いたものが私には沢山あります。

どうしてもっと素直になって
ありがとうの言葉を掛けてあげられなかったのか、かなり後悔しています。

自分という人間は両親あってのもの・・・

私には特別、反抗期というものがありませんでしたが
友人が興味津々に私の両親について話が聞きたいという事で
友人宅にお邪魔した時にお酒を飲みながら語りました。

切っ掛けはどのような教育を受けたら正義感も強く、私みたいな人間に育つのか・・・
というものでしたが、私は残念ながら立派な人間ではありません。

誰にでも長所があれば短所があるものだと思っていますが
肝心なのは短所の部分だと思っています。

同じ人間でありながら人を思いやれない人は正直、苦手です。

意識して生きてきたわけではありませんが
友人が私の生き様を武士道だと言いました。

もしかするとその友人は剣道を嗜む人でもあったので

そのような表現になったのかもしれません。

両親は二人揃って花を愛する人でもありましたが
そのような環境で育てられたせいなのか、私も花を愛するようになりました。

どのような高価なものよりも一輪の花・・・
それが私でもあります。

気持ちが込められていればプレゼントがたとえ一輪の花であっても心から嬉しく想う

以前にブログの中で私が育てられた環境というタイトルでブログを掲載させて頂きましたが
好奇心を大事に伸び伸びと育てて下さった印象が強いです。

生きていれば年齢を重ねるにつれて足腰などが痛かったりもしますが
学校から帰宅をすると父は母を労わり、お風呂掃除をしていた時がありました。

母の事なのできっと私がやるから・・・
このように言ったとは思いますが、父は仕事から帰宅をして疲れているにも関わらず
お風呂掃除をしていました。

私は母と一緒にキッチンに立ち、よく料理のお手伝いをしていましたが
母はいつでもお父さんでした。

父は母を労わり、母は父を労わる。
それはまさに愛情そのもの。

職人でもあった父ですが
母は泥だらけの作業着を洗濯機に入れる前に必ず洗濯板で手洗いしていましたが
この汚れは一生懸命に働いている証だと言って感謝していました。

父は一家の大黒柱でもあるので常に尊敬、感謝の意、念を込めて接していましたが
私も愛する人には常に尊敬、感謝の意、念を込めて接するようになりました。

時には冗談を言い合ったり、私はお笑い系でもありますが
笑顔が絶えない家庭を夢見ていました。

私が家事仕事を大好きになった切っ掛けは
やはり母の影響を受けての事でもあります。


そう言えばまだ10代の学生時代の頃はよく両親の肩たたきをしていました。
子供の頃の母の日や父の日と言えば 肩たたき券だったりもするわけですが
今となってはもっと沢山してあげれば良かったと思っています。

父は最高にカッコよく
このカッコよくの意味は見た目がどうのこうのというよりも
心、ハートがカッコいいという意味

そして母はとても心優しく
家庭を守る事に全てを賭けていた女性でした。


月並みでけして裕福な家庭ではありませんでしたが
そこには紛れもなく笑顔が溢れていました。

だから経済力なんて私には関係がないんです。
贅沢な暮らしを送る事だけが幸せではない事をよく知っています。

結局は老後を迎えた時に夫婦二人がどのような形なのか・・・
という事だと思います。

簡単に見捨てる人は見捨てるだろうし
このように考えれば見た目よりも内面的なものが一番 大事だと私には思えます。

私は愛する人が痴呆症になろうが、寝たきりになろうが
全ての愛情を注いで生きていきたい気持ちが強いです。

昔、チャーミーグリーンの老夫婦のCMがありましたが
両親が同じ病院に入院していた当時、お互いに車椅子でしたが手を繋いでいました。

私はその時の光景とそのCMを重ねて見ていました。

やはり両親は私にとって理想の夫婦です。

このような話を友人にすると、私にあまり欲がないのも母譲りのような事をおっしゃっていましたが
愛する人に生涯 尽くせる事が最高の贅沢なのかもしれません。